「ケア」という交わり~小説『リラの花咲くけものみち』を読んで

本の茶屋

先日、NHKのラジオ英会話を耳にする機会があり、こんな言葉に出会いました。

I care about you. Do you feel the same?
(私はあなたを大切に思っています。あなたは同じように感じていますか?)

これ、恋愛感情の表明と、相手への確認なのだそうです。

たとえ強く心を惹かれても、知り合ってまだ間もない相手に“I love you.”なんて言うとびっくりされてしまうらしい。

日本語の日常会話に出てくる「ケア(care)」は、「気にかける・世話をする・心配する」という意味で感じられていることが多いように思います。

自分ではなく相手に光が当たっているイメージです。

ラジオが教えてくれたのは、元の言葉が含むもうひとつの大切な意味でした。

私は気になる相手と離れたくない。

大切な相手と一緒にいたい、交わりたい。

このことです。

相手だけではなく、自分にもしっかり光が当たっているイメージです。

それで……

そう気がついた瞬間、不思議なことが起こりました。

藤岡陽子さんの『リラの花咲くけものみち』という小説を読んで心の中に渦巻いていた、印象的な場面や台詞、感じていたことのあれこれが、まるで強力な磁石に吸い寄せられた砂鉄のように、この「ケア」という言葉の周りに集まってきたのです。

本の帯に書いてある通り、この小説の主人公・聡里は、動物たちから「生きること」を学んでいきます。

ただし、生きることに関する学びと言っても、その道のりには理屈に酔った物知りが垂れ流す大仰な倫理学説などひと欠片もありません。

あるのは、すべての命は互いにケアしケアされることによってしか生き延びられないという、逃れようのない事実だけです。

ケアを得られるか、失うか。

これはあらゆる命にとって死活問題です。

そして命をケアできるのは命だけ。

ケアという交わりの中では、人間も動物も区別はありません。

そこでは花さえも、同じひとつの命として生きる道しるべとなる言葉を語り出します。

ケアはいつでもお互いさまです。

命は守ることによって守られ、守られることによって守るからです。

ケアよって生じる結果はいつでも重いです。

命の喪失がもたらす痛み、命の誕生がもたらす喜び。

どちらか片方だけというわけにはいきません。

喜びの後には悲しみが、悲しみの後には喜びが。

そしてまた必ず悲しみがやってきます。

生きている限り終わらないこの行ったり来たりを受け入れ、それでもなおケアする側に身を置くこと。

それだけが命を強く鍛え上げていきます。

作中に登場する勇敢な獣医たちは、こうしたことをみな良く知っているように見えます。

獣医たちの勇気に打たれた聡里もまた、強くなろうとなけなしの勇気を振り絞ります。

物語の果てに聡里は一体どんな場所にたどり着くのか。

そのことにも読者は目を見張ることになりますが、私が本当に美しいと思うのは、彼女が歯を食いしばって歩き通した道のりそのものです。

世の誰もが獣医を目指すわけではありません。

しかしそれぞれの「ケア」に真摯に取り組むことを通じて、人は誰でも聡里のように自分の道を切り拓けるはずです。

厳しく、優しい物語。

大切な人と一緒に読んで、この本について語り合ったらきっと素晴らしいですよ。

今週の日曜日、2月4日の午後、別の作品になりますが、藤岡陽子さんの小説の読書会をご担当の編集者の方を囲んで開催予定です。

お席にまだ少しだけ余裕がございます。

よろしければ、ぜひ。

ではでは。

「暮らし」から「つながり」と「仕事」を作る実験室
暮らすLaboratory しかのいえ
公式サイト https://shikanoie.com

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