昨日の読書会のことを思い出しながら、これを書いています。
時間をかけてくり返し読んできた本に関心を寄せていただけるだけでも嬉しいのに、あんなふうに額を突き合わせてご一緒に読んでいただけるなんて。
山のてっぺんにある小屋で何年も何年も独りで暮らしてきた人が、思わぬ来客を迎え入れる時の気持ちって、きっとこういうものなのでしょう。
人の心は「どこに」あるのか。
昨日の読書会で共有させていただいた問いです。
ベルクソンが、動かしがたい蓋然性の示すところに従って、驚愕と共にたどり着かざるを得なかった結論を受け入れるなら、懸命に心を動かしながら綴られた「本」もまた、人の心の止まり木になるのではないでしょうか。
これは決して比喩ではありません。
止まり木「のようなもの」ではなく、止まり木そのものだと申し上げています。
ご参加いただいた4名のみなさま、心躍る贅沢なひと時を本当にありがとうございました。
この本を読了した時、みなさんの学生証に一体いくつの温泉マークがついていることでしょう。
ほんの時たまで結構です、これからも末永く、山小屋暮らしにおつき合いをいただければ幸いです。
ではでは。
「暮らし」から「つながり」と「仕事」を作る実験室
暮らすLaboratory しかのいえ
公式サイト https://shikanoie.com