吉満明子さんが「あしもと」で見つけたもの
『ゆめの はいたつにん』を、
版元としての記念すべき最初の一冊として
世に送り出したセンジュ出版の代表、
吉満明子(よしみつ・あきこ)さん。
2019年7月24日の夜、
センジュ出版で開催されたイベントで、
彼女はこの本との関わりを赤裸々に語った。
創業前の彼女は、
都内にある某出版社で
ばりばりと働いていた。
それこそ盆暮れ正月も、
休日と平日の区別もない
仕事、仕事、仕事の日々。
ひたすら数字にこだわり、
売り上げを追いかけていた。
会社から強制されたわけではないけれど、
毎日明け方近くまで働いて
午前5時頃帰宅し、
午後2時頃に出社をするような
生活を続けていた。
ほぼ家事はせず、
結婚をした男性と
まともに関わる時間もほとんどなく、
家庭生活は「冷え切っていた」そうだ。
キッチンのシンクに
洗いものの山ができようが、
部屋の四隅に分厚く埃が溜まろうが、
そんなことはどうでもいい。
パートナーの男性との間には、
私はこれだけ一生懸命やっているんだから
あなたの相手が
できないことくらい当然よねという、
ぶ厚い空気の壁を作っていた。
そうやって前だけを見て
全力で走り続ける明け暮れが
続いていった。
こうすれば売れると
狙いを定めて作った本が実際に売れ、
会社から表彰されることが
嬉しくて仕方がなかった。
そうして、
2011年3月11日がやってきた。
会社の自分のデスクで、
著者と電話をしていた吉満さんは、
あの恐ろしい揺れがきた時、
会話に夢中になっていた。
居合わせた仕事仲間から
「そんなことしてる場合じゃない」
と注意を促され、
初めて受話器の向こうの
尋常でない様子にも気づき、
電話を切ったのだそうだ。
巨大地震で麻痺した
首都の交通網は全く頼りにならず、
吉満さんは職場から徒歩で帰宅した。
何とか帰り着いた北千住の町で、
彼女は声を掛け合い助け合う
住民同士の親密な交わりを目の当たりにする。
そして、
自分がその輪の中にいないことに気づき、
このままではいけないと考えたそうだ。
3.11をリアルタイムで経験した
多くの日本人たちと同じように、
その後、吉満さんは、
あの大災害の様子や、
被災地に全国から集まる支援のありさまや
ボランティアたちの活動を伝える
情報の洪水に晒され続けることになった。
そうしている内に、
猛然と働き続けていた彼女の手が、
時々、止まるようになる。
否応なく目の当たりにさせられている世界と、
自分が作っている本たちとが
上手く結びついてくれないのだ。
「私は一体何を作っているのだろう?」
拭いがたい違和感を抱きながら
仕事を続けていたある日、
吉満さんは、
散らかっていた
自宅の部屋を独り片付け、
クッキーを焼き
お茶を淹れて飲んだと言う。
それは、
ノンストップで走り続ける
激しく沸騰した生活に注された、
ひと匙のびっくり水のような時間だった。
日常という名の大鍋の中で
ぐらぐらと沸き返る湯が、
さっと鏡のように静まったその瞬間、
吉満さんは泣き出してしまう。
一度溢れ出した涙は
堰を切ったように止まらず、
涙はやがて嗚咽へと変わっていった。
誇張ではなく
叫ぶように泣き続けながら、
彼女は、
本当は自分が、
どれだけこうした、
ささやかだけれど
静けさと平安に満ちた時間を求めていたか、
叩きつけられるように知ったと言う。
暮らしを、変えなければ。
そう考えた吉満さんは、
置き去りにしてきた
家庭生活を取り戻そうと努め、
やがてパートナーの男性との間に
小さな男の子を授かる。
やってきてくれた赤ちゃんと
一緒に過ごす温かな北千住の町。
改めてじっくりと眺める
住む町の景色に
優しく溶け込むようにして、
やがて吉満さんは会社を辞め、
センジュ出版を立ち上げた。
とても小さいけれど、
他のどこにもないようなその出版社は、
根を張る町と、人と、作る本とが、
手を繋いで笑い合い、
お互いを生かし合う場所を
あちこちに編み出そうと
今日も元気に動き続けている。
しずけさとユーモア。
センジュ出版のこの理念は、
どこかからの借り物ではない。
荒々しい生活の奔流が去った後で、
吉満さんが自分自身の「あしもと」で
見つけたものだ。
そして、北千住という
地元の地域コミュニティに
密接にリンクしていく発想は、
会社の創業に当たって
初めてたどり着いた地平ではない。
そのルーツは、
吉満さんが大学生の時に
ゼミで出した雑誌の企画にあった。
「『地方はダサいはもうダサい』という、
今思うとそれがもうダサすぎる
タイトルだったんですが……」
笑いながらそう言う吉満さんは、
若きアマチュアだった頃の
自分の発想自体を笑ってはいなかった。
彼女もまた、
教来石さんと同じように、
長く自分の中に眠っていた夢の原石を
熱い涙で洗い出した人だったのだ。
生まれも、背景も、個性も全く違う
二人の女性が辿り着いた夢の中身は、
やはり全く違うものだったけれど、
それぞれの夢へと通じた道行きの形は
驚くほどよく似ている。
教来石さんと吉満さんが
各々育んで胸に秘めた夢は、
真正面からお互いを照らし、
強い輝きを引き出し合って
いるように見える。
教来石さんを捉えた夢は、
吉満さんの手によって
一冊の本に注ぎ込まれ、
センジュ出版の創業の夢を託す
旗印にもなったのだ。
『ゆめの はいたつにん』を
読み返した吉満さんは、
創業にあたって抱いた思いや志を
ぶれずに持ち続けているかと
問われているような気がして
仕方がなかったとおっしゃっていた。
(続きます)
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