書籍『ゆめの はいたつにん』を読む
NPO法人CATiC(キャティック)代表、
教来石小織(きょうらいせき・さおり)さんの著書、
『ゆめの はいたつにん』(センジュ出版)を
ここ最近何度か読み返している。
CATiCは、
いわゆる発展途上国のあちこちに
即席の映画館を作り出していく取り組み
「World Theater Project」を展開するNPO法人で、
カンボジア農村部の子どもたちをはじめ、
世界各国の子どもたちに
現地の言葉に吹き替えた
アニメ映画を届ける活動をしている。
教来石さんが出会った
カンボジアの村々に住む
子どもたちのほとんどは、
将来の夢を「先生」か「医者」と答えた。
あるいは「わからない」
「仕事に就きたい」という答えも
多かったそうだ。
彼女は子どもの頃の
自分の経験から推してこう考える。
「私は映画の登場人物たちの姿を見て
たくさんの夢を思い描いてきたけれど、
あの村には映画館もないし、
テレビもなかった。
知らない世界のことは、
たとえ夢であっても
思い描くことなんて
できないのかもしれない……」(P18)
将来の夢を尋ねられても、
日頃、直に触れることができる
わずかな選択肢にしか
思いが至らないような
途上国の子どもたちに、
映画というツールを使って、
この世界にはもっと豊かで
バラエティに富んだ
生きるための選択肢が
あることを知らせたい。
子どもたちの心に、
もっとカラフルで、
もっとワクワクするような、
「夢の種」をまいていきたい。
教来石さんの中に萌したこの思いは
途切れることなく生き続け、
多くの人々を巻き込みながら
やがて大きな活動の渦となっていった。
本の袖にあった
著者プロフィールによれば、
2012年に
カンボジア農村部の小学校で
移動映画館を始めたCATiCは、
2017年2月現在、
延べ120箇所の団体、
約3万人に映画を配達している。
私が今この文章を書いている
2019年7月現在も
その活動は続いている。
一体これまで、
どれだけたくさんの子どもたちが、
夢の種を受け取ってきたのだろう?
子どもたちの心の中で、
もう二葉を出している夢の種も
少なからずあることだろう。
あとほんの数年もすれば、
若木へと育った夢の瑞々しさに、
その見事な立ち姿に、
驚かされるようなことも
決して珍しくはなくなるはずだ。
ものスゴいことじゃないか、これって?
思わず頬が緩み、
胸の内が温かくなってくる。
『ゆめの はいたつにん』という本では、
教来石さんの偽らざる思いの変遷や、
ご活動の経緯や、
素晴らしい仲間たちや支援者たちとの交流や、
届けられた映画に心躍らせる
現地の子どもたちの様子が描かれている。
私もその一人なのだけれど、
まるで春の暖気に沁み入られるようにして、
じわ、じわと元気をもらっている読者も
多いのではないだろうか?
教来石小織さんに「舞い降りてきた」もの
「カンボジアに映画館を作りたい――」(P30)
『ゆめの はいたつにん』によれば、
2012年の夏のある日、
教来石さんの夢に、
以後変わらぬ方向性を
与えることになるこの言葉が
突然「舞い降りて」くるまで、
彼女はいくつかの夢をあきらめている。
小さい頃から大好きだった映画。
いつかその映画を作る監督になりたい。
脚本家になって、脚本家大賞を取りたい。
紆余曲折を経て
結局どちらも上手くいかなかった。
パートナーとの
辛い別れさえ経験しながら、
失意の底を行く日々を
送っていた教来石さんは、
ある時、
知り合いの女性が開いた
小さなコンサートで、
音楽に耳を傾けながら
我知らずぼろぼろと泣き出してしまう。
サックスが奏でる
『ニュー・シネマ・パラダイス』のメロディに
心浸され涙しながら、
彼女はこれまでの自分の夢が、
結局は自分の幸せだけを考えた、
自分のためだけの夢だったと知る。
そして「恐ろしく強い気持ちで、
ハッキリと」こう思う。
「自分の幸せだけを求めたら、
私の先には不幸しかない気がする。
もう嫌だ。
私はもう、自分以外の誰かのために生きたい」(P22)
それからというもの、
自分の夢を手放して
他人の夢の応援に専心し始めた
教来石さんのところに、
ほどなくして
「カンボジアに映画館を作りたい」
という言葉は降ってくる。
降ってきたと言っても、
ただの気まぐれな思いつきではない。
途上国の子どもたちのために
映画館を作りたいという発想それ自体は、
遡ること約10年、
大学生の頃に、
ケニアの子どもたちと現地で交わり
日本に帰ってきた時に抱くことになった、
言わば彼女の初心でもあった。
川床でじっと辛抱強く動かなかった
砂金の粒を見つけるようにして、
教来石さんは
自分の中にあったそのアイデアに、
長い時間をかけて改めて出会い直したのだ。
2012年の夏のある日、
教来石さんに舞い降りてきた何かを
夢と呼べるなら、
それは既に10年以上に渡って、
ほとんど黙したまま
彼女に寄り添ってくれていた
夢でもあった。
(続きます)
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