言えなかった「今していること」
2019年7月28日の
「大人のための本気の進路相談室」の開始直後、
お互いに「~している」と
自己紹介し合っている
お客様たちの様子を横目で見ながら、
最初私は、
今年の5月末に会社を辞めてから、
20年以上続けてきたリコーダーを
一日5時間くらい吹いていると
飛鳥井さんに打ち明けた。
「青介さん、
今教えていただいたことを、
この後みなさんに
発表してもらいますからね」
ワークでがやがやと
盛り上がっているみなさんの前で、
彼女から小声でそう言われ、
私はちょっと困ってしまった。
なぜなら、
私の話には誇張があったし、
また言い尽くせていない事柄が
他にも多々あったからだ。
リコーダーを
吹いていたことは事実だった。
しかし、
一日5時間は言い過ぎだったし、
リコーダーの他にも、
たとえば古巣での仕事の
最終的な引き継ぎや、
「しかのいえ」での今後の活動を
整えていくための様々な準備やイベントの準備、
東京都北区が主催する
起業家向けのセミナーへの参加などなど、
あれこれとやっていたのだ。
ところが既に書いた通り、
お客様を前にして
思わず私の口を衝いて出たのは
「今していること」ではなく
「これまでしてきたこと」、
30年以上勤めてきた
会社での仕事の話だった。
飛鳥井さんは、
私の自己紹介が
今しがた自分が聞いた話とは違っていると、
お客様に対してきちんと一言添えていた。
私は、彼女にした話は
今年の5月末以降のことで、
お客様にしたのは5月末まで
「してきたこと」だと説明した。
全くの嘘ではないけれど、
厳密に言うと、
ここにも事実との齟齬がある。
飛鳥井さんにした話は、
私が今年の5月末以降に
していることの「一部」であって、
「全体像」の概況ではなかったからだ。
一体なぜこんな言い方を
してしまったのだろう?
心おきなくリコーダーを
吹けることが嬉しかったから?
初めてのことを
いろいろとやっていて、
短い時間の中で
発言を上手くまとめられなかったから?
確かに、そういうこともある。
でも、それだけでは
全てを説明したことにはならないだろう。
ならば「そのくらいの勢いで吹いている」とか、
「いろいろあって上手くまとめられない」と
素直に言ってもよかったわけだし、
そのように「言わなかった理由」は
依然としてわからないからだ。
理由はどうであれ、
今、何を「しているのか?」について、
私は飛鳥井さんに
即座に答えられなかったことになる。
なぜだろう?
イベントが終了して
半月以上が経過する今も、
はっきり「これ」と
自信を持って説明ができない。
けれども、
7月28日に私の身に起きたことと、
ありがたく頂戴したものを
こうして振り返ってきて、
そういうものの言い方が
今の自分に対して持っている意味なら
はっきりとわかる。
「しかのいえ」でのこれからの活動は、
何もかも私の「好き」に結びついたことだ。
既に取り上げられているテーマも、
具体的な取り組みも、
これからやろうとしていることも、
ここに集って欲しいと願っている人々も、
みんなみんな、
私の「好き」と切ってもきれない。
そういう意味で「しかのいえ」は、
私が自分の価値観に
素直に従って動くための
大切なプラットホームである。
そして私が誤魔化して言い淀んだのは、
間違いなく「しかのいえ」での未来に繋がる、
自分の行動についてなのだ。
足のつかない海で始めて泳ぐ人が
苦し紛れに手近にあったブイに
しがみつくように、
私は過去の仕事の話にすがったのだ。
今回だけなら、
まだいいのかもしれない。
こんな風に、
重箱の隅をつつくように
あれこれと取り沙汰しなくても
いいのかもしれない。
でも、それで済む話なのだろうか?
これまでも私は、大事な局面で、
折に触れては同じようなことを
してこなかったか?
繰り返しくりかえし
自分の「好き」から目を逸らし、
差し当たって
誰からも文句を言われずに済む
世界に身を潜め、
本当に大切なことを
無残にやり過ごしてはこなかったか?
この自信の無さは一体何事だ?
救いようのない私の性分か、
それとも教育の賜か、
社会的な圧力のせいか、
ある種の洗脳によるものか?
何でもいい。
それを何のせいにしようと、
いつまでも
こういうことを続けていれば、
息の根が止まる人間は
自分を置いて他にいないのだから。
人は自分の価値観からは逃れられない。
とうとう私は追いつかれ、
首根っこを押さえられたのだ。
いや、違う。
そんな言い方はおかしい。
奈落の底に通じる崖っぷちで、
本当にすんでのところで、
私は私から引きとめられたのだ。
きっとこれは、
最後のチャンスに違いない。
今回、飛鳥井さんや、
大勢のお客様たちの貴重な力をお借りして
ようやく知ることができた、
自分という人間の実像から逃げずに、
その通りの者として
生きていくための努力ができる
最後の時間なのだ。
いきなりスーパーマンになれ
というような無茶な話ではない。
ここにあるのは、
たとえ世界一の臆病者であっても
逃げることのできない大切なミッション。
他の誰でもない、
紛れもない自分になれという
ミッションである。
イベント終了後の懇親会の席で、
飛鳥井さんはいかにも残念そうに、
でも明るく笑いながら言った。
「青介さん、
本当はもう一つワークがあったんです。
お客さんたちで話し合ってもらって、
青介さんの『強みはこれだ!』と
教えてもらうんです。
時間がなくて、
そこまでできなかったんですけど……」
それは素晴らしいし、
次回の「大人のための本気の進路指導室」では
ぜひやりましょうと私は答えたけれど、
今回辿り着いたところまで来られれば、
イベントは自分にとって、
既に十分に価値のあるものだった。
果たされなかった最後のワークで
教えていただいたかもしれない
自分の「強み」。
それが具体的にどんなものに
なるのかはわからない。
しかし何であれ、
自分の在りようにしっかり根を張って
育ってくるものでなければ、
本当の強さなど
発揮できるものではないだろう。
それに、その強み模索し、
伸ばしていくための地盤が何なのかを、
私は既に教えていただいている。
極々普通の、
どこにでもいるような
アラフィフ男にとっては、
まずはここまでで
かえって良かったのではないか?
これ以上の何かを突然いただいても、
扱いようによっては
猫に小判ということに
なりかねなかったのでは?
飛鳥井さんと、
20人のお客様たちから
送り届けられた大切なギフトを、
丁寧に生かす努力を怠っては罰が当たる。
次回のイベントを
もっと良いものにするために
あれこれ考えながら、
今、強くそう思っている。
(終わり)
Photo by #すけしゅー。
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